世の中が変わりつつある、という手応えは当てにならない。変わりつつあるのは確かでも、世間一統の風儀が革まるわけではない。抑も変わらない世の中などはあり得ない。変わり続けているのが世の中であり、世の中の本質である。
視野が狭いと、自分の立脚点で想像する到達点へと世の中が移ろっているように見えるだろう。その流れを体感することもあるだろう。その流れが問題の地点まで到達することもあるだろう。しかし、変わらない世の中などはあり得ない。変わり続けるのが世の中であり、世の中の本質である。世の中の動きが到達点で止まるはずもなく、また到達点からさらなる高みを目指す進歩が続く保証もない。
到達点は世の趨勢の涯、即ち極点に置かれることが多い。その手前に目印を置くのは至難である。極点に到達した動きは逆流に転じる。寄せては返す波と同じである。無論、水紋は変わり、向きも少しずつずれていく。それでも寄せた波は引くものである。寄せて引くのを波と呼ぶのだから、当たり前である。
この当たり前を見落として、どこまでも流れを推し進め、極点から次の極点へ、ひたすら一方通行にこだわるのが運動家、活動家の固陋であり、習いであり、性である。世の中が変わりつつあるという、近視眼的な手応えを根拠に、自らの見通しの正しさを言い募り、裏切られ、失望してゆく。その醜態が運動を妨げ、大義を損なう。両千年繰り返しているのに、まだ同じことを続けている。これもまた世の中を形作る波と言ってよい。
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